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現役SIerが技術や育児情報を紹介するブログです。

R.I.P. KOBE

2020/01/27

朝の通勤中に、コービーがヘリの事故で亡くなったというニュースを見ました。

私は通勤中にいつもニュースを見るのですが、もうニュースどころではなくなり、Twitterの海外ユーザー等も検索して、どうやらコービーの死は事実なのだ、と理解しました。
しかも愛娘さんも。

でも、事実を簡単に受け入れられず、電車の中で呆然としていました。

出勤後も会社のPCで「コービー 事故」なんかでググったり(ほんとは駄目だよ❗)して、全然落ち着きませんでした。
お昼休みになったらなんだか泣けてきて、少しずつ 少しずつ、コービーの死に対して受け入れる準備ができてきました。

仕事が終わって帰りの電車に乗る頃には、YouTubeにたくさんの追悼動画がアップされていました。
冒頭の動画のように、試合開始と同時に両チームが24秒バイオレーション(8秒バイオレーションをした試合もありますね)で敬意を表しているハイライト動画がたくさん見つかり、電車の中で涙ぐんでしまいました。

全然、受けれる準備できてなかったですね。

中には普段の背番号ではなく、コービーの着ていた8番のユニフォームを着ているプレーヤーもいました。

気に入らない、愛されるプレーヤー。コービー。

こんなに多くの人から疎まれ、また憧れられたプレーヤーも珍しいです。
何かと妬まれ、様々な矢面に立たされるのがスーパースターですが、こんなに両極端な評価を持つプレーヤーは他にいません。

何があってもコービーが1番、という人もいれば、どんなことがあってもあいつは最悪のプレーヤーだ、という人もいます。

私は部活時代からシュートフォームには人一倍コダワリがあったので、格好良いツーモーションで放たれるコービーのフォームには畏敬すら抱いていました。
空中でも靭やかな背筋で自分の"型"に持ち直せるなんて反則ですよね。
日本ではもちろん、NBAでも似たようなフォームのプレーヤーはなかなか見かけません。

本当に、持って生まれた才能だと思います。

2006/09/03

少し話は逸れますが、この日は日本開催の世界選手権の、決勝戦でした。
まだ大学生だった私はかなり前(いつかは忘れた)のチケット購入の「F5アタック誰が早いか選手権」に勝ち残り、なんとさいたまスーパーアリーナにいました。

ですが、お目当てのコービーブライアントは見れず。
残念なことに、アメリカは決勝まで勝ち上がれなかったのです。
しかも、コービーは怪我で参加もしていませんでした。

チケットを勝ち取った時にはとてもとても期待に胸膨らませていたのですが、とてもガッカリしたのを憶えています。

しかも、2006/01/22のレイカーズvsニックス戦は、あの81得点ゲームだったんですよ。
期待しないわけにはいかないでしょう。
実際、アリーナの最寄り駅にはコービーのドデカイ広告たくさんありましたしね😭
なかなか広告会社泣かせだったのだろうなと、社会人になった今では少し恐ろしくも感じます。。。

不断の努力、コービー

これは、2016年のESPY賞、アイコン賞を受賞したときのスピーチです。
丁寧に訳してくださった動画がありましたので、恐縮ですが拝借させて頂きました。

スピーチの中でも恐ろしいのが、朝4時から練習に励んでいた、という部分。
これだけ才能に恵まれて、そのうえ常軌を逸した努力までされると、たまった物ではありません(なにが)。

いくらなんでも朝4時って、、定期テストの追い込みとかならまだわかりますが、コービーはそれをずっと続けてきたわけですからね。。

さいごに

まったく文章がまとまりませんでした。
他人の死でこんなに苦しいのは初めてです。
今でもまた涙が出そうだし、時間があればすぐにYouTubeでコービーの動画を探してしまいます。

実は生きているんじゃないか、と未だに信じきれていない、受け止めきれていない自分もいます。

半端過ぎだろ、コービー。
まだまだやり残したことがあったはず。
もっともっとバスケットボールの普及に力を注ぎたかっただろうし、
娘の成長もたくさん見たかったはず。

一人のスポーツマンとしても悲しいし、一人の父親としても悲しいです。
ご冥福をお祈りいたします。