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DUNKSHOOT コビー・ブライアント追悼号

DUNKSHOOT コービー追悼号


仕事帰りに本屋に寄ったら売っていました。
買うかどうか迷って近くを3往復ほどしましたが、妻への言い訳が思い付いたので買ってしまいました😇

様々なシーンが思い出される

ルーキーイヤーの初々しいコービー。
シャックを迎えて猛烈に生意気だったスリーピートの時代。
ガソルを迎えるまでの谷間を味わっていたコービー。
再び隆盛期を過ごし、晩年の怪我が続いた時期のコービー。

どれも知っているし、新しい情報はありません。

憧れだったプレーヤー、コービー

私は中学生からバスケを始め、高校生になった頃がスリーピートの時期でした。
当時は映像としてNBAのプレーを見ることはとても少なく、スマホもない時代。
たま〜にテレビで流れるハイライトだけが情報源でした。

そんな短く、切り貼りされたハイライトでもコービーの凄みは十分に伝わり、私の憧れのプレーヤーになるのには時間は掛かりませんでした。

私の青春の1部のコービー

高校生から大学生になり、一人暮らしを始めて自由な時間が増えました。
自分用のPCも持ち、ネットも使い放題になりました。
そこでNBAの情報をたくさん仕入れるようになりました。

私は大学ではバスケをしなかったので、ひたすら映像を追いかける毎日でしたが、いつもPCの前で感嘆の声を上げていました。

どうやったらこんなプレーができるのだろう。
どれほど練習したらこんなディフェンスができるのだろう。
どれほどの執念があればこんなタフショットを決められるのだろう。

すっかり私のヒーローとなっていました。

ファミリーマン、コービー

「Mamba out」のあとはすっかり父親の顔になり、娘達とぴったり寄り添って過ごしていたコービー。

私自身も一児の父親となり、娘を思う気持ちが慮られました。

そんな愛する娘と、友人達を乗せたヘリが墜落とは、本当にやるせないです。

私の中では超人のイメージができあがっていたので、まさか死ぬだなんて、メディアの情報はフェイクニュースにしか見えませんでした。

いってらっしゃい、コービー

全く会ったこともない人に対して、こんなに辛い気持ちになったのは初めてです。
それだけコービーという人間に入れ込んでいたのでしょう。
これからも寂しい気持ちは消えませんし、ハイライト動画を見ても晴れた気持ちにはなれませんが、いつまでも多くの人の心の中で、偉大であり続けると思います。
さようなら、いってらっしゃい、コービー。